さよなら特急むろと|牟岐線から特急が消えた日——夜に下り朝に上った徳島〜牟岐の1往復と、いま阿波海南・室戸方面へ行く方法
💡 まずはここだけ!3つの要点
- 特急むろと(徳島〜牟岐)は2025年3月14日がラストラン。翌日のダイヤ改正で廃止され、牟岐線は普通列車だけになった
- 晩年は夜に徳島から下り、朝に牟岐から上る1日1往復。阿南方面の通勤・帰宅の足に特化した特急だった
- 廃止の理由はJR四国によると利用の低迷と乗務員不足。いま牟岐線の旅は特急料金なしの普通列車で(2026年10月時点)
徳島駅の夜のホームに、2両だけの特急が停まっていた時代がありました。行き先は県南の牟岐。2025年3月14日、その特急「むろと」は最後の運転を終え、牟岐線から特急が姿を消しました。乗った人より、知らないうちに消えていたと感じる人のほうが多いかもしれない特急の話です。
夜に下り、朝に上る。それだけの特急
晩年のむろとは、ほかの特急とはかなり違う走り方をしていました。運転は1日1往復だけ。下りの1号は夜7時台に徳島を出て、8時台に牟岐へ着きます。上りの2号は翌朝6時台に牟岐を出て、徳島へ向かいました。昼間には1本も走りません。
車両は、1986年に四国向けに造られた国鉄最後の特急形気動車キハ185系の2両編成です。一度は普通列車用に改造されたあと特急用に戻った車両も使われ、座席には電車特急8000系のリニューアルで外されたシートが再利用されていたと報じられています。最後まで、ありあわせの工夫で走り続けた特急でした。
主な停車駅は次のとおりです(時期によって異なることがありました)。
徳島 → 阿波富田 → 南小松島 → 阿南 → 阿波橘 → 桑野 → 日和佐 → 牟岐
この走り方には、旅行者にとって大きな壁がありました。下りに乗ると、牟岐に着くのは夜で、その日のうちに徳島へ戻る特急はありません。上りに乗るには、前の晩から牟岐の近くに泊まっている必要があります。報道で「乗るのが難しい定期特急」として紹介されたこともあるほどで、むろとは観光客ではなく、沿線に住む人のための特急だったのです。
名前は室戸、線路は届かず——60年あまりの系譜
「むろと」という名前は、高知県の室戸岬に由来します。ところが牟岐線は、徳島県と高知県の県境の手前で途切れていて、線路が室戸まで延びたことは一度もありません。名前だけが、行けなかった岬を指し続けていたことになります。
名前の歴史はむろと自身より長く、準急として登場したのは60年以上前のことです。途中で一度名前が消え、別の列車に役目を引き継いでから、特急として戻ってきました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1962年 | 準急「むろと」が高松〜牟岐で運転開始 |
| 1966年 | 急行「むろと」に |
| 1988年 | JR四国発足後、急行「阿波」に改名。「むろと」の名前がいったん消える |
| 1990年 | 阿波が特急「うずしお」に格上げ。特急「剣山」が牟岐線へ入り、県境を越えて甲浦まで直通 |
| 1999年 | 系統の見直しで、徳島〜牟岐・甲浦を走る特急「むろと」が誕生 |
| 2001年 | 甲浦への直通をやめ、徳島〜牟岐が基本に |
| 2008年 | 徳島〜阿南の通勤特急「ホームエクスプレス阿南」が登場(2006年からの臨時列車を格上げ) |
| 2019年 | 利用の減少でむろとは1日1往復に。ホームエクスプレス阿南は廃止 |
| 2025年 | 3月14日にラストラン。翌15日のダイヤ改正で廃止 |
特急になってからの四半世紀は、少しずつ短く、少しずつ少なくなっていく歴史でもありました。県境の甲浦まで走っていた列車が牟岐止まりになり、数往復あった本数が1往復になり、最後は朝と夜だけが残りました。
阿南へ帰る人のための特急
むろとの晩年を理解する鍵は、阿南です。徳島から南へおよそ25km、牟岐線沿線でいちばん大きな街で、徳島市内へ通勤・通学する人も少なくありません。夜の下りは徳島で働く人の帰宅に、朝の上りは徳島へ向かう人の出勤に合わせた時間帯でした。
2008年から2019年までは、徳島〜阿南だけを走る「ホームエクスプレス阿南」も走っていました。特急料金を払ってでも座って帰りたい、という需要に応える、いわば四国版のホームライナーです。ホームエクスプレス阿南が先に廃止され、むろとが1往復に減った2019年の時点で、牟岐線の特急はすでに「最後の1本」を残すだけの存在になっていたと言えます。
一方で同じ2019年春、牟岐線の普通列車は、毎時決まった時刻に発車するわかりやすいダイヤに改められました。速さを売る特急から、本数と覚えやすさで勝負する普通列車へ。牟岐線の主役が交代しはじめたのは、このころだったのかもしれません。
2025年3月14日、最後の1往復
JR四国は2024年12月13日、翌春のダイヤ改正の概要を発表し、その中でむろとの廃止を明らかにしました。理由として挙げたのは、利用者数の低迷と乗務員の人手不足の深刻化です。
同じ改正では、高徳線の特急うずしおが岡山発着をやめて高松発着になり、徳島線の剣山や土讃線のしまんとも本数が減りました。むろとの廃止は単独のできごとではなく、JR四国が限られた人と車両を、需要の大きい区間へ集めなおす流れの中にあったと見るのが自然です。
最後の運転となった3月14日には、徳島駅や牟岐駅をはじめ沿線に多くの人が集まり、2両の特急を見送ったと伝えられています。ふだんは乗客の少なさが話題になっていた特急が、最後の日にだけ大勢に囲まれる。引退する列車ではよく見られる光景ですが、むろとほど「日常の足」に徹した特急だと、その対比はいっそう際立ちます。
特急のいない牟岐線を、いま旅する
特急がなくなっても、牟岐線そのものがなくなったわけではありません。徳島から阿南、日和佐、牟岐を経て阿波海南まで、普通列車が走っています。特急料金がいらないぶん、きっぷは乗車券だけで済みます。本数は徳島〜阿南が比較的多く、阿南より南は少なくなるので、帰りの列車まで決めてから出かけるのがおすすめです(最新の時刻はJR四国の公式サイトでご確認ください)。
途中で降りるなら、まず日和佐です。四国八十八ヶ所の第23番札所・薬王寺があり、駅から歩いて行けます。近くの大浜海岸はアカウミガメの産卵地として知られ、うみがめ博物館カレッタもあります。むろとが停まっていた駅を普通列車で訪ね、海沿いの町を歩くのは、今だからこそできる楽しみ方かもしれません。
終点の阿波海南から先は、阿佐海岸鉄道の線路です。2021年12月からは、線路と道路の両方を走れる車両DMV(デュアル・モード・ビークル)が、県境を越えて高知県東洋町方面へ走っています。ただし2026年10月時点では、車両の不具合によりDMVが全便運休中で、再開の見通しは立っていないと報じられています。阿波海南より先、室戸方面へ向かう場合は、出発前に阿佐海岸鉄道の公式サイトで運行状況と代替手段を必ず確認してください。
特急がないいま、県南の旅は日帰りより1泊のほうが組みやすくなりました。皮肉なことに、それはむろとの上り列車に乗るために前泊が必要だった時代と、少し似ています。
徳島エリアの特急をマップで見る
むろとが走っていた徳島から、いまも残るうずしお・剣山などの特急の走行区間を地図の上で確認できます。表示はシミュレーションによるおおよその走行イメージです。
マップを開く →まとめ — 普通列車の窓から、むろとを思い出す
特急むろとは、室戸の名を背負いながら室戸には届かず、観光の看板列車にもならず、最後は阿南へ帰る人と牟岐から出かける人のための1往復として走り終えました。派手さはありませんが、地域の暮らしに合わせて形を変え続けた特急でした。
廃止から1年半あまり。牟岐線では今も、同じ線路を普通列車が走っています。次に徳島から南へ向かう列車に乗ることがあれば、夜の徳島駅に2両の特急が停まっていた光景を、少しだけ思い浮かべてみてください。各駅に停まるたびに、むろとが通過していった駅の名前が、少し違って見えるはずです。
よくある質問
Q. 特急むろとはいつ廃止されましたか?
最後の運転は2025年3月14日で、翌3月15日のJR四国のダイヤ改正で廃止されました。これにより、牟岐線から定期運転の特急はなくなりました。
Q. なぜ廃止されたのですか?
JR四国は、利用者数の低迷と乗務員の人手不足の深刻化を理由に挙げています。晩年は1日1往復まで減っており、同じダイヤ改正ではうずしお・剣山・しまんとなど、ほかの特急でも運転区間の見直しや減便が行われました。
Q. いま徳島から牟岐・阿波海南へはどう行けばいいですか?
牟岐線の普通列車を利用します。特急料金はかかりませんが、阿南より南は本数が少なくなるため、往復の列車を事前に確認しておくと安心です。阿波海南から先の阿佐海岸鉄道DMVは、2026年10月時点で全便運休中と報じられているため、利用前に公式サイトで運行状況をご確認ください。
関連情報
本コラムは2026年10月時点の情報をもとに作成しています。 牟岐線・阿佐海岸鉄道の運行状況は変更されることがあるため、最新情報は各社の公式サイトをご確認ください。